読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

思考の混線

2016年4月29日の日を記憶するために。電子の壁に向かってひとり言。

ウテナ世界の決闘の勝ち方

 

ことさら新しい話でも珍しい話でもないのだが、決闘に絞った内容を記しておく。

 

「強さ」と「気高さ」

決闘におけるバロメータは、冒頭のおとぎ話で繰り返し語られる「強さ」と「気高さ」の2つだ。この合計値が高い方が決闘の勝者となる。

ここでいう「強さ」とは、単に肉体的な強さではない。欲望や野望、権力といったものも含まれる。決闘においては剣技で表される。生徒会メンバーが剣道やフェンシングの腕を鍛えているのはそのためだ。

一方、「気高さ」とは、純粋さや理性、理想や善性、そういった類のものだ。胸から取り出される剣がそれを象徴する。ディオスの剣が力を発揮するのはこれが理由だ。黒薔薇編の薫梢戦で、幹の胸から出した剣に対して「何て剣の力だ……!」というウテナのセリフがある。剣自体の力を認める発言だ。

 

「王子さま」と「お姫さま」

ということは、「強さ」と「気高さ」の両方を備えた人物が最強ということになる。そのような人に与えられる称号こそが「王子さま」であり、かつてのディオスがそれにあたる。ディオスの「気高さ」はアンシーの中に封印されていて、残った「強さ」だけの存在が鳳暁生だ。

反対に、「強さ」も「気高さ」も最低な人間は「お姫さま」と呼ばれる。「お姫さま」は自らの意思を持たず、「王子さま」から守られるばかりの存在だ。当然、決闘において最弱に位置する。

 

ウテナの強さと弱さ

ウテナの「強さ」と「気高さ」はどうか。「強さ」は決して高くない。欲望や権力に執着する質ではないし、運動神経が良いとはいえ全国レベルの剣技を持つ生徒会メンバーよりははるかに劣るだろう。

ウテナが決闘で勝ち続けるのは、ひとえに「気高さ」の高さゆえだ。おとぎ話や過去話で語られる通り、永遠なるもの、つまり「王子さま」だったころのディオスに会って感化されたことがその源泉だ。決闘中にディオスが降臨できるのも、ウテナの「気高さ」がディオスの相似形だからだ。

 

ウテナ攻略法

であるから、ウテナに勝つためには「気高さ」を挫くのが最善だ。その弱点は他ならぬディオスにある。「気高さ」を与えてくれた憧れの存在なので、ウテナはディオスに対してのみ「お姫さま」として振る舞ってしまうのだ。前述の通り「お姫さま」は絶対に勝ち目がない。

この戦略をとったのが、生徒会編における桐生冬芽であり、世界の果て編における鳳暁生だった。33話の例のシーンは、ウテナが暁生の策略によって「お姫さま」になったことを象徴している。

 

 

物語の進展

最後に付言として、物語の進展について触れる。

1点目として、同じような相手とばかり戦っているように見えるが、敵の強さは上がっている。生徒会編では胸から取り出した剣を使わず物理だけで戦っている。黒薔薇編では胸の剣を使うが、使用者は剣技の未熟な者たちだ。そして世界の果て編でようやく、胸の剣と剣技のそろった相手と戦う。

つまり、

「強さ」のみ →「気高さ」のみ →「強さ」と「気高さ」

という順にステップアップしている。

 

2点目として、ウテナの使う剣が途中で変わる。序盤はアンシーに封印されたディオスの「気高さ」の剣を使っていた。剣を取り出すときのセリフ「私に眠るディオスの力よ、お願い、応えて」はそれをかなりストレートに表現している。

それが後半になると、ウテナ自らの胸の剣を使って決闘している。ウテナの「気高さ」がディオスを超えたからだと読み解ける。ウテナはそもそもアンシーのために戦っているので、2人の絆が本物の親友と呼べるほどに強固になったことを表している。