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思考の混線

2016年4月29日の日を記憶するために。電子の壁に向かってひとり言。

新劇場版エヴァの解釈 - 庵野監督の懺悔

アニメ

エヴァの失敗

前項までに書いたメッセージはどのようにオタクに受容され、影響を与えたのだろうか。

結論を述べると、大勢として受容されることはほぼなかった。それどころか、庵野の望みとはまったく逆の方向に進んでいった。「捨てよ」と命じられたはずの綾波レイは、唯一無二のイコンとして戴かれた。エヴァをきっかけにアニメ業界は急激に「萌え」に傾き、綾波的要素を持つ美少女キャラが粗製乱造された。この状態は20年経った今でも基本的に維持されている。

これはリベラル左翼の庵野にとって思想的頽廃に他ならない。思想性のみに着目すると、エヴァは完膚なきまでに失敗だった。作らない方がマシだったとさえ言える。

 

この失敗こそが、新劇場版におけるサードインパクトなのである。萌え一色に染め上げられたオタク・アニメ業界が、破壊された地球に喩えられる。庵野にとって今のアニメ業界はこれほどまでに破滅的だということだ。

とすると、そのきっかけを作ったシンジ=庵野ということになり、新劇場版で描かれるのは庵野の失敗と懺悔であることが判る。長いあいだ月で眠っていたことは、アニメ業界を離れていた経歴と符合する。

 

 新劇場版Qのメタファー

そんなシンジ=庵野が十数年ぶりに地球=アニメ業界に復帰するのが「Q」だ。

シンジが目を覚ますのは、かつての仲間が集うヴンダーだった。シンジはサードインパクトのきっかけを作った咎から白眼視される。ここで、サードインパクトは保守的な萌え文化を意味するのだから、それに反対するヴンダーはリベラル左翼の思想家ということになる。彼らはもともと庵野と思想を同じくする人たちであり、アニメ業界の保守化のきっかけとして庵野を恨む理由も十分にある。要するに、庵野エヴァをきっかけにのけ者にされたのだ。

 

シンジは彼らからの別離を選びネルフに戻る。シンジの根拠地であるネルフは、庵野の根拠地、すなわちかつてのガイナックスであり今のカラーである。

到着早々、ゲンドウから「エヴァに乗れ」と告げられるシンジ。きっと、アニメ業界に戻ったばかりの庵野も同じように、利害関係者から「エヴァを作れ」を再三迫られたことだろう。シンジがエヴァに乗ることは、庵野が新劇場版を作ることのメタファーだ。

シンジはジレンマに悩まされながらも、最終的にエヴァに乗る。現に新劇場版が公開されているのだから当然ではあるが。

 

自己言及としてのフォースインパク

先に公開された新劇場版「序・破」は、もともとの知名度に少年の成長という解りやすい物語、素晴らしい映像表現が相まって社会現象になった。普段アニメに触れることのない中高生や中年などの一般層にも受け入れられて、綾波をイコンとする萌え文化のすそ野を広げた。

これがすなわちフォースインパクトだ。新劇場版のブームも、リベラル左翼としての庵野にとっては破壊を広げるにすぎない。

 

フォースインパクトはカヲルの死とヴンダーの努力によって一応の終息を見る。現実においても、あまりに理解をはねのける「Q」の公開以降、エヴァブームはかなり沈静化したように思える。フォースインパクトの終息は、沈静化した現状の予言と言えるのではないか。

 

最後のシーンで、シンジはエヴァを降りて大地を歩く。上記を踏まえると、エヴァをやめて次に移ることを意味すると考えられる。次回作となるシンエヴァで描かれるのは、ポストエヴァ庵野監督でありアニメ業界の展望だ。どのような未来を見せてくれるのか、大いに期待している。

 

完全なる蛇足

終わりになるが、シンエヴァで予測できるシナリオを列挙してみる。

・信頼できる仲間たちと質の高いアニメを作っていく。

 → シンジとアスカだけが生き残り、小さな土地を耕して生きていくEND

・アニメに見切りをつけ、実写映画や演劇など幅広く携わっていく。

 → 星間移動しながら新天地を探すEND

・引退して後進に道を譲る

 → シンジと綾波の間に子供ができるEND