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思考の混線

2016年4月29日の日を記憶するために。電子の壁に向かってひとり言。

「萌え」の構造についての備忘録

好き好んで読む方もいないでしょうが、前々から考えていることをつらつら綴ります。

 

 

まずは「萌え」の構造について。

「萌え」という言葉は、以前は対象が限られた言葉だったと思います。単なる「かわいい」とメイド・妹・巫女さんなどの「萌え」が明確に分かれていたというか。ぼくはこれを「狭義の萌え」と呼んでいます。最近では「ブヒる」とか言いますね。

反対に、最近の用法は「広義の萌え」となります。少年愛やら強い男性のかっこよさやら、様々な使われ方をしています。

 

では、「狭義の萌え」と「広義の萌え」の違いはどこにあるのでしょう?

それは

  1. 男尊女卑
  2. 非モテ男性にとっての都合のよさ
だと思っています。(というか勝手にそう定義しました)

 

まずは男尊女卑について検討します。

もう少し詳しく書くと、何らかのキャラ設定によって「A=優位 ⇔ B=劣位」という構図を作り、それを男女関係、特に恋愛に当てはめて「男=優位 ⇔ 女=劣位」という関係を実現することです。

具体例を挙げましょう。まずは「メイド萌え」です。一昔前の王道ですね。メイドは要するに家事手伝いなので、雇用主、つまり主人がいます。メイドを雇える人は貴族や富裕層のような特権階級であり、住み込みであることも相まって、主人とメイドとの間には強い主従関係が働きます。(史実は知りませんが、日本のオタク文化ではそのように受容されていると思います)

このような「主人=主=優位 ⇔ メイド=従=劣位」という構図が、「男=優位 ⇔ 女=劣位」の恋愛に重ね合わされています。

 

次に「妹萌え」です。これはシンプルに、年齢の違いからくる体格の差と儒教的な長幼の序によって、「兄=優位 ⇔ 妹=劣位」という構図になります。

 

では、「お嬢様萌え」(例えば『ハヤテのごとく!』のような執事主人公)や「姉萌え」はどうでしょうか。一見すると先の定義に反しているように見えます。

これらの場合、普段は強いヒロインがか弱い一面を見せ、主人公に頼ることではじめて萌えが生まれます。つまり、「男=優位 ⇔ 女=劣位」という構図が必要条件なのです。

このほか、「どじっ子」や「ヤンデレ」などの性格面の特徴も、主人公に依存するという意味で同様に説明できます。

 

さて、この構造は「萌え」だけではなく、男女問わず世の中に当たり前に受け入れられている価値観です。例えば女性が彼氏を選ぶ際の条件に「頼りがい」を挙げることや、おじさんがナースや女子高生に鼻の下を伸ばすのも同じです。

 

そこで「萌え」独自の特徴として、2点目の非モテ男性にとっての都合のよさを検討します。

ここでいう「都合のよさ」とは、以下の2点を指します。

1.主人公は労せずして簡単にヒロインから惚れられる

2.ヒロインは男性経験がなく、主人公に従属的な恋愛関係とならざるを得ない

実際のアニメでは、1点目については「チョロイン」という言葉が確立していることから明らかです。2点目についてもヒロインの処女性が広く重視されている、というかほぼ例外なく処女ですよね。また、「巫女さん萌え」という処女性一点突破の属性も人気でした。

これは、想定された受容者である、恋愛経験のごく少ないオタク男性が感情移入するための舞台装置です。

 

要するに「萌え」とは、恋愛市場で底辺にいる非モテ男性が、自分より立場が低い(かつ容姿も性格もよい)女性と恋愛関係になりたい、という願望を満たすことなのです。喩えるなら、レベル1の勇者が、無傷で倒せるスライムを倒して喜んでいるようなものです。あるいは、童貞向けのキャバクラというか。

 

最近は萌え文化が従来のオタク以外にも広く受け入れられていますね。それは「萌え」の構造が女性や一般男性にも都合がよいということなのでしょう。その過程で非モテ男性向けの性的な生々しさを取り除いたのが、「萌え」の意味がぼやけた理由なのではないでしょうか。

 

しかし依然として、「萌え」には男尊女卑が色濃く残っています。それがある限り、オタクは右翼保守に親和的です。

それが良いとか悪いとかは言いません。ですが、『エヴァ』はその価値観に対するカウンターであることは理解してほしいものです。